犯罪ネコを庇う総理と、共犯者の森ネコ——疑い続けた者にまで犠牲を強いる“森の民主主義の罠”

政治のこと

選挙にはいくが自民党には入れたことがない

私はただの一度も、 永田丘の与党ネコに木の実を託したことがない。

選挙権を得てから今日まで、 森の投票所で与党ネコの名前を書いたことは、 一度たりともない。

彼らが配る甘いキャッチコピーの裏に、 いつも腐った木の実が隠れていることを、 私はずっと見抜いていたからだ。

「森の景気回復」 「地方の森を元気に」 「身を切る改革にゃ」

その皮を一枚剥がせば、 そこにあるのはいつだって 長老ネコの利権のたらい回し と 身内だけの互助会 と 森ネコから木の実を吸い上げる巧妙な罠 だった。

だから私は一度も騙されなかったし、 一度も加担しなかった。

それなのに——だ。

🐈‍⬛ なぜ、信じてもいない支配ネコの失敗のツケを、私まで払わされるのか?

毎月の木の実明細を見つめるとき。 10月からの値上げにため息をつくとき。 穴だらけの森道を歩くとき。 台風で泥水に沈む村のニュースを見るとき。

胸の奥から、どうしようもない怒りが湧き上がる。

「なぜ、一度も信任していない支配ネコの失政のツケを、私まで払わされるにゃ?」

「なぜ、最初から疑い続けてきた私までが、愚かな群れの集団自殺に巻き込まれるにゃ?」

🐾 犯罪ネコを庇う総理ネコ——国家権力を使った“共犯”

森の会議で起きた光景を見よ。

簗農林ネコが 「自分を応援しない村には木の実を渡さない」 と恫喝する音声が流出した。

森ネコから「六公四民」でむしり取った木の実を人質にし、 「俺に投票しない村は干上がらせるにゃ」と脅す。

これは政治ではない。 ただの 脅迫・強要という名の犯罪行為 だ。

普通の森なら即日クビ。 警備隊ネコが駆けつけるレベルの暴挙だ。

だが総理ネコは何をしたか。

「職責を果たさせるにゃ」 と、犯罪ネコを庇い立てした。

理由は情けないほど単純。

任命して1週間しか経っていないから、 クビにすると自分の“見る目のなさ”がバレる。

自分の面子のため。 自分の傷を隠すため。 自分の保身のため。

総理ネコは、 憲法の掟を踏みにじった犯罪ネコを守り抜いた。

森ネコたちは震えた。

🐈 **悪いのは支配ネコだけか?

それとも“盲従する森ネコ”か?**

怒りに任せて支配ネコだけを罵倒するのは簡単だ。

だが、私たちは鏡を見なければならない。

悪いのは腐敗した与党ネコか?

それとも、 彼らを信じて思考停止で木の実を投げ続けた森ネコか?

答えは明白だ。

この怪物を育て、 何十年も森の頂点に居座らせてきたのは、 他でもない 「善良ぶった有権者ネコ」 たちだ。

政策を読まず、 裏金を調べず、 失政を検証せず、

「親が与党ネコだから」 「職場の付き合いだから」 「テレビで愛想よく笑ってたから」

そんな安易な理由で 白紙委任状を投げ込んできた森ネコたち。

そしてSNSに 「投票行ってきたにゃ!」 と写真を上げて悦に入る思考停止の群れ。

彼らは言う。

「自分たちも被害者だにゃ」

嘘だ。

裏切られたのではない。 お前たちが白紙委任状を渡し続けたから、 支配ネコは国民を家畜扱いするほど傲慢になったのだ。

🐾 民主主義という名の“残酷な連座制”

だが、この構造で最も傷ついているのは誰か。

それは、 最初から与党ネコの嘘を見抜き、 ただの一度も木の実を託さず、 疑い、抵抗し続けてきた森ネコたちだ。

なぜ、正気を保っていたネコまでが、 愚かな群れの選択のツケを払わされるのか。

民主主義とは、 なんと残酷な 連座制(巻き添え) だろう。

多数派が愚かなら、 少数派まで泥水に沈む。

どれだけ誠実に生きても、 どれだけ自立して考えても、 「考えない群れ」が投じた票の重みで、 私たちの生活は押し潰される。

🐈‍⬛ 私は共犯の神輿を拒絶する

支配ネコは森ネコに自己責任を説き、 今日の木の実を我慢させながら、 身内の犯罪ネコだけは全力で守る。

そして盲従する森ネコは、 次の選挙でまたヘラヘラと木の実を差し出す。

私は言う。

「お前たちの茶番に、私は1ミリも加担しないにゃ」

「お前たちの集団自殺に、私は絶対に付き合わないにゃ」

私はただの一度も与党ネコに木の実を託したことがない。

それは私の誇りであり、 腐りきった森への絶縁宣言だ。

悪いのは支配ネコだけではない。 考えずに木の実を投げた群れも同罪だ。

だが、 私たちはその共犯関係の巻き添えになる筋合いなどない。

偽りの神輿に唾を吐け。

腐敗した支配ネコと盲従する群れから精神的に離脱し、 自らの知性と尊厳を守れ。

誰の嘘にも騙されず、 自分の足で立ち続ける孤独な誇りこそが、 この泥沼を生き抜く最後の砦だ。

元記事

犯罪者を庇う総理と、共犯者の国民——疑い続けた者にまで犠牲を強いる「民主主義の罠」
「私はただの一度も自民党に票を入れたことがない」。簗農水相の恫喝を庇う高市総理と、思考停止で悪政に加担する有権者の罪を告発。最初から疑い抵抗してきた真っ当な国民にまで犠牲を強いる「民主主義という名の連座制」の不条理を抉る魂の批評エッセイ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました